中小企業向け 海外ビジネスリスクマップ作成の基本
はじめに:なぜリスクマップが必要か
海外ビジネスは国内取引にはない多様なリスクを伴います。これらのリスクに適切に対処するためには、まずどのようなリスクが存在し、それぞれが自社にとってどれほど重要なのかを把握することが不可欠です。しかし、リスクの種類は多岐にわたり、何から手をつけてよいか分からなくなることも少なくありません。
そこで有効なツールとなるのが「リスクマップ」です。リスクマップは、特定されたリスクを視覚的に整理し、その重要度を評価することで、限られたリソースの中で対策の優先順位を決定するのに役立ちます。中小企業においても、複雑な専門知識がなくとも、基本的な考え方を理解すれば自社に適した簡易的なリスクマップを作成することが可能です。
この記事では、中小企業が海外ビジネスで直面しうるリスクを整理し、「見える化」するためのリスクマップ作成の基本ステップについて解説します。
リスクマップとは何か
リスクマップとは、特定された個々のリスクについて、「発生する可能性(頻度)」と「発生した場合の影響度(深刻度)」という二つの軸を用いて評価し、マトリクス上にプロットした図のことです。これにより、リスクをその重要度に応じて分類し、視覚的に把握することができます。
- 発生可能性: そのリスクが現実に発生する確率や頻度を示します。例えば、「ほとんど起こりえない」から「高い確率で起こる」まで、段階的に評価します。
- 影響度: そのリスクが発生した場合に、自社の事業や財務、評判などに与えるマイナスの影響の大きさを quantitatively or qualitatively 評価します。例えば、「軽微」から「壊滅的」まで、段階的に評価します。
これら二つの軸で評価したリスクをマトリクスに配置することで、どのリスクが「発生する可能性は低いが影響度が大きい」のか、あるいは「発生可能性は高いが影響度は小さい」のか、さらには「発生可能性も影響度も大きい(最も優先的に対策すべき)」のか、といった全体像を容易に理解できるようになります。
リスクマップ作成の基本ステップ
ここでは、中小企業でも取り組みやすい簡易的なリスクマップ作成の基本的なステップをご紹介します。
ステップ1:海外ビジネスにおけるリスクの特定
まずは、自社の海外ビジネスに関連する潜在的なリスクを可能な限り洗い出します。これは、特定の国・地域への進出、特定の取引(輸出入、技術提携など)、特定の製品・サービス提供など、自社の具体的なビジネス活動に焦点を当てて行うことが重要です。
リスク特定の主な方法としては、以下のようなものが考えられます。
- ブレインストーミング: 海外ビジネスに関わる社内関係者(営業、貿易実務、法務、財務など)が集まり、過去の経験や懸念される点を自由に挙げる。
- 既存情報の活用: 過去のトラブル事例、業界のニュース、取引相手国の情報、専門機関が提供する情報などを参考にする。
- チェックリストの利用: リスクカテゴリ(契約、輸送、為替、法規制、政治、文化など)ごとに事前に用意されたチェックリストを活用する。
ここでは、網羅性も重要ですが、まずは自社にとって現実的に起こりうるリスクに焦点を当てることが効果的です。洗い出したリスクはリスト形式で整理します。
ステップ2:特定されたリスクの評価
次に、ステップ1で特定した個々のリスクについて、「発生可能性」と「影響度」を評価します。中小企業においては、厳密な定量分析が難しい場合も多いため、簡易的な3段階評価(例:「高」「中」「低」)から始めるのが現実的です。
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発生可能性の評価例(3段階):
- 高:過去に複数回発生したことがある、業界で頻繁に聞かれる、リスク要因が現在進行系で存在する。
- 中:過去に一度発生したことがある、発生する可能性がある要因が存在するが確実ではない。
- 低:過去に発生したことがない、発生する可能性は低いと考えられる。
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影響度の評価例(3段階):
- 高:事業の継続が困難になる、多額の損失が発生する、企業の信用が著しく低下する。
- 中:事業に一時的な支障が出る、一定の損失が発生する、企業の信用にある程度影響が出る。
- 低:軽微な遅延や費用負担で済む、事業全体への影響は小さい。
評価は、客観的な情報に基づいて行うことが望ましいですが、情報が限られる場合は関係者の経験や知見に基づいて判断することもやむを得ません。評価基準は事前に社内で共有し、統一的な視点を持つことが重要です。
ステップ3:リスクマップへのプロット
発生可能性と影響度を評価した各リスクを、マトリクス上にプロットします。一般的なリスクマップは、横軸に「発生可能性」、縦軸に「影響度」を取り、それぞれを評価の段階数で分割します。
例えば、3段階評価であれば、3×3のマトリクスを作成します。各セルはリスクの重要度を示唆します。一般的に、発生可能性と影響度がともに高い右上(「高」「高」のセル)に位置するリスクは、最も優先度が高いと判断されます。
ステップ4:リスクマップの分析と対策の優先順位付け
リスクマップが完成したら、それを分析します。特に、右上などリスクレベルが高い領域にプロットされたリスクに注目します。これらのリスクは、放置すると自社の事業に大きな打撃を与える可能性があるため、優先的に対策を検討する必要があります。
リスクレベルに応じて、以下のような対策の方向性を検討します。
- 高リスク: 発生可能性を下げる対策、あるいは影響度を下げる対策を緊急で検討・実行する。リスクの回避(該当ビジネスからの撤退など)も選択肢となりうる。
- 中リスク: 対策の費用対効果を考慮し、実行可能な対策を検討・実行する。リスクの移転(保険の活用など)も考慮に入れる。
- 低リスク: 現時点では特別な対策は行わず、定期的にリスク状況をモニタリングする。
ステップ5:リスクマップの活用と見直し
作成したリスクマップは、一度作成して終わりではありません。海外ビジネスの状況や外部環境は常に変化するため、リスクも変化します。定期的に(例えば半年に一度、あるいは大きな取引を開始する際など)リスクマップを見直し、必要に応じて評価やプロットを更新することが重要です。
また、作成したリスクマップは、関係者間で共有し、リスクに対する共通認識を持つためのツールとして活用します。リスクの高い領域について、具体的な対策計画を立て、実行状況を管理する上での出発点となります。
評価基準を定める上での実務ポイント
簡易的なリスクマップを作成する際も、評価基準を定める上でいくつか押さえておきたいポイントがあります。
- 具体的な損失を想定する: 影響度を評価する際には、「売上高の〇%に相当する損失」「復旧に〇ヶ月かかる」「主要顧客からの信用を失う」など、可能な限り具体的な状況を想定すると、より現実的な評価につながります。
- 複数の影響を考慮する: リスクの影響は、財務的なものだけでなく、法的な責任、事業の停止・遅延、ブランドイメージの低下、従業員の安全など多岐にわたります。これらを総合的に考慮して影響度を判断します。
- 主観を排し、客観性を意識する: 関係者の経験や勘も重要ですが、可能な限りデータや情報に基づいた客観的な評価を心がけます。評価者によってばらつきが出ないよう、評価基準の共通理解を深めます。
まとめ
海外ビジネスにおけるリスク管理は、中小企業にとっても不可欠な取り組みです。リスクマップは、潜在的なリスクを「見える化」し、その重要度を評価することで、効果的なリスク対策の第一歩となります。
この記事でご紹介したステップは、必ずしも厳密なものではありませんが、まずは自社の状況に合わせて簡易的なリスクマップを作成し、リスク管理のPDCAサイクルを回し始めることが重要です。リスクマップの作成と活用を通じて、海外ビジネスにおけるリスクへの対応力を高め、持続的な事業成長を目指しましょう。