海外進出リスク管理室

海外事業における従業員の不正リスクとその対策

Tags: 海外事業, リスク管理, 不正対策, 内部統制, 中小企業

海外ビジネスを展開する上で、様々なリスクへの備えは不可欠です。その中でも、自社の従業員による不正行為は、事業の継続に重大な影響を及ぼす可能性があるリスクの一つです。特に、海外拠点においては、日本国内とは異なる環境や文化、管理体制の限界などから、不正が発生しやすい状況が生じることがあります。

このコラムでは、海外事業における従業員の不正リスクについて、その種類、潜在的な原因、発生した場合の影響、そして具体的な予防策と発見時の対応について解説します。

海外事業における従業員の不正リスクとは

海外事業における従業員の不正リスクとは、海外の子会社、支店、駐在員事務所、あるいは出向者や現地採用の従業員によって行われる、会社にとって不利益をもたらす意図的な行為を指します。これは、単に業務上のミスや過失ではなく、個人的な利益や第三者への利益供与などを目的として行われるものです。

不正行為の主な種類

海外事業で発生しうる従業員の不正行為には、様々な種類があります。代表的なものとしては、以下のような事例が挙げられます。

これらの不正行為は、単独で行われることもありますが、複数の従業員や外部の共謀者と連携して組織的に行われる場合もあり、その発見は一層困難になります。

不正が発生しやすい潜在的な原因

海外事業において従業員の不正が発生しやすい背景には、いくつかの要因が考えられます。

これらの原因が複合的に作用することで、不正が発生・助長されるリスクが高まります。

不正が発生した場合の影響

従業員による不正が発生した場合、会社は様々な損失や損害を被ることになります。

これらの影響は、特に経営資源が限られている中小企業にとっては、致命的な打撃となりかねません。

具体的な予防策

海外事業における従業員の不正リスクを低減するためには、事前の予防策を講じることが極めて重要です。

1. 明確なルールと体制の構築

2. 適切な内部統制の運用

3. 監視・発見の仕組み

4. 採用と人材育成

不正発見時の対応

万が一、不正行為の疑いや兆候を発見した場合、迅速かつ適切に対応することが被害の拡大を防ぎ、組織への影響を最小限に抑える上で重要です。

1. 事実確認と証拠保全

不正の疑いが生じたら、まずは冷静に事実関係を確認し、関連する証拠(書類、データ、メール、目撃情報など)を保全します。証拠が失われたり改ざんされたりしないよう、慎重に進める必要があります。この段階で加害者本人や関係者に安易に接触すると、証拠隠滅につながる可能性があるため注意が必要です。

2. 社内調査の実施

初期の事実確認に基づき、本格的な社内調査を実施します。調査は、社内の適切な担当者(内部監査部門など)が行うか、事案の重大性に応じて外部の弁護士やフォレンジック専門家(デジタルデータの証拠収集・分析などを行う専門家)に依頼することも検討します。調査にあたっては、関係者からの聞き取り、書類やデータの分析などを体系的に行います。

3. 関係当局への報告・相談(必要に応じて)

贈賄や重大な横領など、法令に違反する可能性が高い事案については、現地の警察や捜査機関、日本の警察などに報告・相談することも視野に入れます。ただし、国や地域によって手続きや対応が異なるため、現地の法律専門家のアドバイスを得ながら慎重に判断します。

4. 加害者への対応

調査の結果、不正行為が確認された場合、就業規則や現地の労働法に基づき、懲戒処分を検討します。また、会社が被った損害に対しては、損害賠償請求を行うことも考えられます。対応にあたっては、現地の労働法や雇用契約の内容を十分に確認し、法的な手続きを遵守することが不可欠です。必要に応じて、現地の弁護士に相談します。

5. 再発防止策の策定と実行

不正事案の根本原因を分析し、二度と同様の不正が発生しないための再発防止策を策定・実行します。これには、管理体制の見直し、規程の改訂、研修の強化などが含まれます。

実務で役立つチェックポイント

海外事業における従業員の不正リスク管理を実務で進める上で、以下の点をチェックリストの考え方として活用できます。

これらのチェックポイントを参考に、自社の海外事業の現状に合わせて具体的なリスクを特定し、対策を検討することが推奨されます。また、必要に応じて現地の弁護士や会計士、リスクコンサルタントといった外部の専門家の知見を活用することも有効です。

まとめ

海外事業における従業員の不正リスクは、中小企業にとって看過できない課題です。不正の種類は多岐にわたり、発生した場合には金銭的な損失だけでなく、信用の失墜や法的問題、組織士気の低下など、事業の根幹を揺るがしかねない影響を及ぼします。

このリスクを効果的に管理するためには、明確な社内規程の整備、適切な権限分離を含む内部統制の運用、定期的なモニタリングや内部通報制度といった発見の仕組み、そして採用・人材育成を通じたコンプライアンス意識の醸成といった多角的な予防策を継続的に講じることが重要です。

万が一、不正が発生した場合には、迅速な事実確認と証拠保全、適切な社内調査、そして現地の法令を遵守した加害者への対応を行う必要があります。これらの対策を通じて、海外事業における従業員の不正リスクを最小限に抑え、健全な事業運営を目指していただければ幸いです。