海外ビジネスにおけるリスクの継続的なモニタリングと見直し:中小企業が実践すべき方法
海外ビジネスにおいては、事業を取り巻く環境が常に変化しています。経済状況、政治情勢、法規制、市場の動向、競合他社の動きなど、様々な要因が日々変動しており、これらは事業が直面するリスクにも影響を与えます。
一度リスクを特定し、対策を講じたとしても、それでリスク管理が完了するわけではありません。環境の変化に伴い、新たなリスクが発生したり、既存のリスクの性質や影響度、発生可能性が変化したりします。また、実施している対策が時間の経過とともに有効性を失う可能性もあります。
そのため、海外ビジネスにおけるリスク管理は、一度きりの活動ではなく、継続的なプロセスとして捉えることが非常に重要です。特に中小企業においては、限られたリソースの中で効率的にリスクを管理するためにも、継続的なモニタリングと見直しが不可欠となります。
本稿では、海外ビジネスにおけるリスクを継続的に管理していくための「モニタリング」と「見直し」の重要性とその具体的な実践方法について解説します。
なぜリスクの継続的なモニタリングと見直しが必要なのか
海外ビジネスは、国内ビジネスと比較して不確実性が高い環境で行われます。主な理由としては、以下のような点が挙げられます。
- 環境変化の速さ: 進出先の政治・経済状況、為替レート、法規制などが予測不能な速度で変化することがあります。
- 情報の非対称性: 国内と比較して、現地の正確な情報をリアルタイムで入手することが困難な場合があります。
- 新たなリスクの出現: 事業の拡大や現地の変化に伴い、当初想定していなかったリスクが発生することがあります。
- 対策の陳腐化: 過去に有効だった対策が、現在の環境では効果を発揮しないことがあります。
これらの理由から、リスクは生ものであると認識し、常にその状態を監視(モニタリング)し、必要に応じて評価や対策を更新(見直し)していくことが、予期せぬ損害の発生を防ぎ、安定した事業継続を図る上で不可欠となるのです。
リスクモニタリングとは
リスクモニタリングとは、特定されたリスクや潜在的なリスクの発生兆候、および外部・内部環境の変化を継続的に監視し、早期に異変を検知する活動です。
具体的には、以下のような情報を継続的に収集・分析することが含まれます。
- 外部環境情報:
- 進出先の政治・経済ニュース、政府発表
- 関連法規制の変更動向
- 為替レートや金利の変動
- 競合他社の動向
- 市場トレンドや消費者の嗜好変化
- 自然災害やパンデミックに関する情報
- 内部環境情報:
- 契約履行状況、トラブル発生件数
- 支払い・回収状況、遅延情報
- 製品の品質問題発生状況
- 現地の従業員に関する問題(労務トラブルなど)
- ITシステムの稼働状況、セキュリティインシデント
- サプライヤーやパートナーからの報告
これらの情報を収集し、分析することで、リスクの発生可能性が高まっているか、影響度が変化しているか、あるいは新たなリスクが発生していないかなどを把握します。
リスクの見直しとは
リスクの見直しとは、モニタリングによって得られた情報に基づき、既に特定されているリスクの評価(発生可能性、影響度)や、それに対して講じている対策の有効性を定期的に再評価し、必要に応じてリスク登録簿の更新、対策の変更・追加を行うプロセスです。
見直しの頻度は、事業内容、リスクの性質、環境の変化の速さなどによって異なりますが、少なくとも半期に一度、できれば四半期に一度は体系的に見直すことが望ましいです。また、大規模な環境変化(例:法改正、政変、自然災害の発生など)が発生した際には、臨時に見直しを行う必要があります。
具体的なモニタリング・見直し方法の実践
中小企業が海外ビジネスにおけるリスクのモニタリングと見直しを効果的に行うための具体的な方法をいくつかご紹介します。
1. 情報収集チャネルの確立
どのような情報を、どこから、どのくらいの頻度で収集するかを明確に定めます。
- 公式情報: 進出国の政府機関ウェブサイト、中央銀行、統計局、公的機関が発行するレポートなど
- 報道: 現地主要メディア、国際ニュース、専門業界紙
- 専門家: 現地コンサルタント、法律事務所、会計事務所、市場調査会社
- 業界ネットワーク: 同業他社との情報交換
- 社内連携: 現地拠点、出張者、駐在員、営業担当者、購買担当者からの報告
- パートナーからの報告: 現地代理店、販売店、サプライヤー、物流業者からの情報提供
担当者を決め、それぞれが責任を持って情報を収集する仕組みを構築します。
2. リスク登録簿の活用と更新
リスク登録簿(リスク一覧表とも呼ばれます)は、特定したリスク、その評価、対策、担当者などを一覧にしたものです。この登録簿を継続的なモニタリングと見直しの中心的なツールとして活用します。
- モニタリング結果の反映: 収集した情報に基づき、リスクの発生可能性や影響度の評価が変化した場合は、リスク登録簿を更新します。例えば、特定のリスクの発生兆候が確認された場合、発生可能性の評価を引き上げるなどです。
- 対策状況の記録: 講じている対策の実施状況や有効性に関する情報も記録・更新します。対策が計画通りに進んでいるか、期待した効果を上げているかなどを確認します。
- 新規リスクの追加: モニタリングを通じて発見された新たなリスクを登録簿に追加します。
- 定期的な棚卸し: 定期的にリスク登録簿全体を見直し、リスクの優先順位、対策の適切性などを再評価します。
簡易的な表計算ソフトでも十分に作成・運用が可能です。重要なのは、情報の鮮度を保ち、関係者間で共有される状態を維持することです。
3. 定期的なレビュー会議の実施
収集した情報やリスク登録簿の更新内容を関係者(例えば、貿易担当者、経営層、関連部署の担当者など)で共有し、議論するための定期的な会議を設けます。
会議では、以下のような内容を検討します。
- モニタリングによって把握された重要な環境変化やリスクの兆候
- リスク登録簿の更新内容の確認
- 既存対策の有効性の評価
- 対策の変更、追加、または中止の検討
- 新たなリスクへの対応方針の決定
この会議を通じて、リスクへの認識を共有し、組織としての対応方針を決定します。頻度は事業規模やリスク重要度に応じて、月に一度、あるいは四半期に一度などが考えられます。
4. 担当者間のコミュニケーション促進
貿易担当者だけでなく、海外拠点や関連部署(財務、法務、営業、製造など)との密なコミュニケーションが不可欠です。現場で得られる情報や、各部署が専門とする分野のリスクに関する知見は、モニタリングにおいて非常に価値が高いからです。
定期的な報告会や情報共有の仕組みを構築し、組織横断的にリスク情報を収集・共有できる体制を目指します。
実務におけるチェックポイント
リスクの継続的なモニタリングと見直しを実務に落とし込むために、以下の点をチェックしてみてください。
- 海外ビジネスに関わるリスク情報を定期的に収集する仕組みは構築されていますか?
- どのような情報源から情報を収集するか、明確になっていますか?
- 収集した情報に基づき、リスクの評価や対策の状況を記録・更新するツール(例:リスク登録簿)はありますか?
- リスクに関する情報を関係者間で共有し、議論する機会(例:定期会議)は設けられていますか?
- リスク管理の担当部署や担当者は明確になっていますか?
- 環境の大きな変化があった際に、臨時にリスクを見直す体制はありますか?
これらのチェックポイントを確認し、不足している部分があれば、改善策を検討・実施していくことが、継続的なリスク管理の第一歩となります。
まとめ
海外ビジネスにおけるリスク管理は、一度行えば終わりではなく、事業を取り巻く環境の変化に常に対応していく継続的なプロセスです。リスクの継続的なモニタリングと定期的な見直しは、このプロセスにおいて非常に重要な役割を果たします。
情報の収集チャネルを確立し、リスク登録簿を活用しながら、定期的な会議で関係者と情報を共有・議論することで、リスクの早期発見と適切な対応が可能となります。これは、予期せぬトラブルを回避し、海外ビジネスを安定的に継続していくための基盤となります。
中小企業においては、リソースが限られている場合が多いかと存じます。まずは、対応可能な範囲からで結構ですので、体系的なモニタリングと見直しの仕組みづくりに着手されることをお勧めいたします。継続的な取り組みが、将来のリスクから貴社の事業を守る力となります。