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海外ビジネスにおける決済手続きリスク:送金・信用状(L/C)取引で注意すべき点と対策

Tags: 海外ビジネス, 決済リスク, 国際送金, 信用状, 貿易実務, リスク対策

海外ビジネスにおいて、商品やサービスの提供と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「決済」、すなわち代金の受け払いです。適切で安全な決済手続きは、取引の成功と収益の確保に不可欠ですが、国際取引ならではの様々なリスクが潜んでいます。特に海外ビジネスの経験が浅い中小企業の担当者の方々にとっては、これらのリスクを事前に理解し、対策を講じることが非常に重要となります。

本稿では、中小企業が海外ビジネスでよく利用する決済方法、特に銀行送金と信用状(L/C)に焦点を当て、それぞれに潜む具体的なリスクとその対策について詳しく解説します。

海外ビジネスでよく利用される決済方法

海外ビジネスにおける主な決済方法は、主に以下の通りです。

これらの決済方法の中でも、中小企業の取引で頻繁に利用されるのは電信送金と信用状(L/C)です。それぞれの決済手続きに潜むリスクを見ていきましょう。

銀行送金(T/T)に潜むリスクと対策

銀行送金はその手軽さから広く利用されていますが、いくつかのリスクが存在します。

潜むリスク

  1. 送金情報の誤り: SWIFTコード、銀行名、口座番号、受取人名などの情報入力ミスにより、送金が遅延したり、最悪の場合は誤った相手に送金されたりする可能性があります。組戻しには時間と費用がかかる場合があります。
  2. 送金遅延: 国際送金は複数の銀行を経由することがあり、送金が予定より遅れることがあります。これにより、商品の出荷や引き渡しが遅れ、契約不履行につながるリスクがあります。
  3. 中継銀行手数料: 送金銀行と受取銀行の間に複数の銀行(中継銀行)が入る場合、中継銀行手数料が発生し、受取額が契約金額より少なくなることがあります。手数料負担に関する契約上の取り決めがない場合に問題となります。
  4. 詐欺: フィッシングメールなどにより、偽の振込口座情報を送付され、不正な相手に送金してしまうリスクがあります。
  5. 資金移動規制: 取引相手国の金融規制や外貨管理規制により、送金がブロックされたり、著しく遅延したりするリスクがあります。

対策

信用状(L/C)取引に潜むリスクと対策

信用状(L/C)は書類取引であり、代金回収の確実性が高いとされますが、その複雑さゆえに特有のリスクも伴います。

潜むリスク

  1. ディスクレ(Discrepancy): 提示した船積書類(Invoice, Packing List, B/Lなど)が信用状の要求する条件と一致しない「ディスクレ」が発生するリスクです。ディスクレがあると、銀行は買取を拒否できます。
  2. L/C条項の不利性: 買主の要求により、実行が困難な(例: 短すぎる船積期間、取得困難な書類)条項が含まれるリスクです。これに気づかずL/Cを受領すると、結局ディスクレ発生の原因となります。
  3. 発行銀行の信用リスク: L/Cを発行した銀行そのものが破綻するなど、信用力が低い場合、銀行の支払い確約が無意味になるリスクです。特に新興国や政情不安な国との取引で考慮が必要です。
  4. 確認銀行の信用リスク: 確認信用状(Confirmed L/C)の場合でも、確認銀行が破綻するリスクはゼロではありません。
  5. 手続きの煩雑さ: L/C取引は書類作成や銀行とのやり取りが複雑であり、担当者の知識不足や確認漏れによるミスが発生しやすいリスクがあります。

対策

その他の決済手段に関する考慮事項

荷為替手形(D/P, D/A)、オープン勘定なども含め、どの決済方法を選択するかは、取引相手の信用力、取引金額、取引期間、相手国の経済・政治状況などを総合的に考慮して慎重に決定する必要があります。信用力が不明確な相手との取引でオープン勘定を選択することは極めてリスクが高いと言えます。

最近では、PayPalのような電子決済プラットフォームや、フィンテックを利用した新たな貿易金融サービスなども登場しています。これらの新しい手段を利用する際は、その仕組みを十分に理解し、利用規約、手数料、セキュリティ対策などを確認し、潜むリスク(例:チャージバックリスク、プラットフォーム自体の信頼性など)を評価することが重要です。

実務におけるチェックポイントとリスク管理体制

海外ビジネスの決済リスクを管理するためには、日々の実務におけるチェックと、より体系的なリスク管理体制の構築が有効です。

まとめ

海外ビジネスにおける決済手続きには、送金の遅延や誤り、信用状取引における書類不一致(ディスクレ)など、様々な実務的なリスクが潜んでいます。これらのリスクは、代金回収の遅延や不能、追加コストの発生、さらには契約不履行による取引関係の悪化につながる可能性があります。

中小企業が海外ビジネスを安全かつ円滑に進めるためには、利用する決済方法ごとのリスクを正確に理解し、契約内容の確認、送金情報の厳格なチェック、信用状条件と書類作成の精度向上、そして取引銀行との密な連携といった具体的な対策を講じることが不可欠です。また、決済リスクに関する社内体制を整備し、担当者の知識向上に継続的に取り組むことが、予期せぬトラブルを回避するための重要なステップとなります。

国際決済のリスク管理は、海外ビジネス成功のための強固な基盤を築くことに繋がります。本稿で解説した情報が、皆様の海外ビジネスにおけるリスク管理の一助となれば幸いです。